【くちぶえエッセイ】
失ったものを嘆くより、あるものに感謝
いよいよ、仮暮らしが始まった。
太陽の光、街の音、窓から見える風景。
前の家から徒歩圏内での引っ越しで、
周りの環境はほぼ変わらないのに、
色んな事が新鮮に思える。
よく通っていたはずの道も、
住んでみると、まるで知らない世界。
あ、夫が昔住んでいたマンションも
目と鼻の先だ。
管理人のおじさん、元気かな?
なんて、しんみりしてる場合じゃない。
ひと回りも、ふた回りも狭くなった暮らしに
埋もれたパンダたちが、
「ほら、言わんこっちゃない」と
呆れた目でこっちを見ている。
引っ越しを機に断捨離をしたつもりが、
まったく減った気がしない...。
西日の暑さに追い打ちをかけるように、
ビルに反射した眩しい光が
私をこの現実から逃避させていく。
引っ越し後、1週間は毎日が非常事態。
コンロがない。
食材がない。
食器が見つからない。
エアコンもなく、
料理をする気にもなれない...。
そんな、ないないづくしの時に
我が家を救ったのは、防災グッズ。
今までに経験したことのない、
この非常事態。
こんなカタチで役立つ日が来るとは。
備えあれば憂いなし!
今までの当たり前が、この家にはない。
オートロック、食洗機、床暖房、
浴室乾燥、くつろぐ場所などなど
あげればキリがないけれど...。
いや、今までがあり過ぎたんだろうなぁ。
贅沢を考えるのはやめよう。
文句も言わずに楽しむ娘を
見習わなければ。
こんな時こそ、創意工夫。
片付けマニアの血が騒ぐ。
数週間もすれば慣れてくるもんで、
大体の場所は片付いてきた。
娘の部屋で3連で使っていた
R.U.Sの高さ91cmタイプは、
この家では2連にしてキッチン横に。
下着やパジャマを入れていたカゴ類は、
食器や食材、調味料入れに。
洋服を入れていた引き出しには
娘のお勉強グッズを入れた。
R.U.Sの残り1連と、別で使っていた
高さ165cmタイプとを組み合わせて
夫の作業用デスクにした。
色はチグハグだけど、
そんなことを気にする人は
我が家にはもういない。
そして、絶対に譲れなかったのは、
ずっと昔から使っているピアノ。
狭い中で、さらに物が置けなくなったけど、
せっかくやる気になっている
娘の気持ちには代えられない。
音が出せない条件の中でも、
ご機嫌にヘッドフォンを着けて、
今日も練習に励んでいる。
何の曲を弾いてるのかは分からないけど、
鍵盤のカタカタという音が
少し涼しくなった夕暮れ時に
楽しげに鳴っている。
いつも聴いていた音楽をかけて、
ずっと使っていた食器でごはんを食べる。
そして、ここには変わらず家族がいる。
失ったものはたくさんあるけれど、
ないものを嘆くよりも、
あるものに感謝した方が
豊かに暮らせるのだと気付いた。
ここでの経験が、これからの暮らしを
きっと支えてくれるだろう。